なぜ『フェアトレード』なのか

メモ:the economistのフェアトレード記事の日本語訳 by山形浩生氏(@研究メモ by DOJIN氏)


一連のThe Economistの記事のフェアトレードへの姿勢を見ていると、弾氏の経済成長の一言に端を発したやりとり全体への、漠然とした違和感の底流に繋がっているような気もするので少し考えてみることにします。


フェアトレード製品は問題を悪化させるし、まずいし、そもそも本来の目的を果たしていない。」という文章から読み取れる事


・「フェアトレード」は問題を悪化させる
・「フェアトレード」はなにか「本来の目的」がある


という事で、この話を検討するには、まず「フェアトレード」やその「本来の目的」を理解している事が前提となります。
http://cruel.org/cyzo/cyzo200507.html 
以前に、山形氏がここで触れられているように、そもそも山形氏のサイトをチェックする人にとっては、当然頭に入れていて然るべき前提だとは思います。ただ、この記事での山形氏の問題意識は流通業者の社会的地位の不当性に向いているようなので、一般的なフェアトレードの趣旨を、念のために確認しておきましょう。ざっと調べたところ、いろいろ流派があるようですが、言葉どおりの「公正な貿易」の重要性に関する、啓発・実行というのが主流派のようです。国際的にフェアトレードに関する認証を行っているIFATのページの説明です。

フェアトレードとは、貧困のない公正な社会をつくるための、対話と透明性、互いの敬意に基づいた貿易のパートナーシップです。フェアトレードは、特に「南」の立場の弱い生産者に、よりよい貿易の条件を提供しその権利を守ることによって、持続可能な発展を支援します。

フェアトレード団体は、活動のミッションの柱としてフェアトレードを行っています。消費者の支援を得て生産者を積極的に支援し、既存の国際貿易のルールや慣習を変えるために、キャンペーンなどの啓発活動を行ないます。IFATに認証されたフェアトレード団体は、右のマークを掲示しています。

フェアトレードは、単に物を売買しているだけでなく、公正に貿易を行なうことが可能であることを証明しています。既存の貿易のルールや慣習を変える必要があることを明らかにし、どうすればビジネスとして成功しながら人の権利も守ることができるかを示しています。


一見、何の問題もない結構な話に見えますが、The Economistとしては、これを批判している訳ですから、南の立場の弱い生産者や、貿易の条件といった「本来の問題」について理解する必要があるでしょう。フェアトレードで扱う産品で目立ち、The Economistもコーヒーを挙げて話を進めているので、コーヒー価格の低迷の事情について調べてみます。ウェブで見たところ、The Economistで批判されていたオックスファムの日本語のサイトにコーヒー事情の概要がありました。


http://www.oxfam.or.jp/hottokenai/poverty/trade2.htm


コーヒー豆の実質価格が1960年に比べて1/4で、生産コスト割れで教育・医療の最低限の水準を割っている状態で、それが人災であるという主張ですね。かなり大変な事態のようです。これより詳しいことは探し方が悪いのか、webでは見当たらなかったので、実情を詳しく書いた文献にあたってみる事にします。「コーヒー、カカオ、コメ、綿花、コショウの暗黒物語」という長いタイトルの本(原題の意味は「不公正貿易−一次産品の暗黒物語」)が、構造の全体像を詳しく描き出しているので、この本のコーヒーについて書いてある章の各節の内容を大まかに拾い出してみます。本の構成が割と散漫なのですが(扱う範囲が広いのでそれは仕方ないのですが)、整理は大変なので記述を簡単に列挙するだけにとどめます。(以下の抽出も本意を掴んでない不正確な可能性もありますので、正確性を求められる時は必ず本にあたってください)


プロローグ
・最近コーヒーの味が悪くなっている
・2000年初頭、NYで1キロあたり50セント、ロンドンでロブスタ種1t当たり400ドルに低下
・生産者が生活を維持するのに必要とされている価格は1200ドル



・離農民が都市に貧困民として流入
・アフリカでは100万人が飢餓に遭った
グアテマラでは転作するだけの資本を持っていたものは6万人中200人
・貧農、農業労働者は1日2ドル以下の生活。児童労働も行われた。反乱も発生した
・出稼ぎ労働に来た労働者の一群は、差し押さえを目の前にした農場で仕事にあり付けない
・高品質を売りにしていた業者の下でも、生産コストがまかなえないので、肥料・水の節約が行われている
・中央アメリカの中には、コーヒー相場の崩壊により政治的安定が失われた国もある



・ブラジルが国際市場における優位を確保するために増産を図った。すでに需要の鈍化に対して供給が上回り気味だった
・さらに80年代にベトナムが参入し90年代後半には第2位の生産量を誇るほどに急速に供給国として成長した
ベトナムには世界銀行が融資を実行した。ただし主体はあくまでベトナムの国家的政策である
・国際相場価格は崩壊した。反乱がおきた
ベトナム小規模農民は、中央アメリカ農民同様、多額の債務にあえいでいる



・価格安定を図るため、コーヒー国際協定が存在している。1962年、生産国、消費国の75カ国で設立された
・共産圏諸国は加盟しなかった。西側の狙いは農民に適正価格を提示し「マルクス主義の汚染」を阻止する事であった
・生産量制限、生産国の輸出上限枠、消費国の輸入上限枠を設けた。
・1960年代〜70年代の国際相場価格は456グラム当たり120セント前後
・ブラジルで84年の寒波の供給不安等から連鎖的に、輸出枠制度が崩れ始めた



・ブラジルがコーヒー産業は、外貨収入の7%となり、国家的には戦略分野ではなくなったが、農民にとっては相変わらず主要な収入源
・共産圏地域のコーヒーが西側にも流通
・1989年アメリカがコーヒー協定の更新を否定。国際コーヒー機構は、国際貿易枠制度の廃止
・二週間で価格が2/3になった。1987年、コーヒー生産の総収入が140億ドル、1990年90億ドル
・1993年アメリカがコーヒー市場の管理政策を完全に放棄



・協定存在当時、各国の管理組織は、輸出量上限枠を損朱するため在庫を管理した。それが市場の圧力を一定方向に導く役割を持っていた
・1990年代、市場はロンドン・ニューヨークに集約
・安くても1ドルの相場価格だったものが、1992年8月22日には40セントになった



・コーヒー生産国同盟という連盟が設立され、管理貿易の破綻という事態に対処しようとした
世界銀行も輸出量を20%削減することで価格を40%引き上げられるという意見を元に支持した
・2000年9月の輸出から実施したが、それ以前に過剰生産の叩き売りで、焙煎業者は現物の在庫を確保
・実行後も監視手段がなく流通者の負担で在庫する財源もない。
・また相場をコントロールする目論見は、巨大年金基金などの、投機筋のマネーとの対峙に他ならない。
・結局各国の不信感から15ヶ月で崩壊



・高品質で付加価値をつける事で打開を図ろうとする動き
・ドイツが品質向上のためエルサルバドルの農民グループに補助金をつける政策を試みたが、他の生産国は反発
・消費者は品質を求め、生産者は生活の確保が欲しい
アメリカでは、アリゾナの砂漠で移民を図った離農者たちが死亡
・ペルー、コロンビアではコーヒー栽培農民が、麻薬への転作をするようになった
アメリカは国際コーヒー機構に復帰したが、統制経済に戻す気は全く無い



・コーヒー危機で、コーヒー産業全体での利潤分配の構造が変化し、利潤の大半は先進国側の企業が得た
・コロンビアの生産者が、ロンドンの喫茶店で飲まれているコーヒー一杯の価格のうち1%
・コーヒー一パックの価格に対するエチオピアの生産者の取り分は2%
・国際コーヒー産業界全体で、コーヒー豆生産者が得た利潤は1/4に
・1990年初頭から10年間で、コーヒーパック販売で、消費国で販売の利潤は倍増し650億ドルになったが、生産国の利潤は40%→9%になった
・コーヒー先物市場に、年金基金などがなだれ込んでいる。当然市場の論理だけである
・1990年代後半6つの多国籍企業が国際供給量の半分を掌握。仲買人・商社・輸入業者は再編合併された
・相場価格の押し下げの原因は、貿易業者は大手多国籍企業に、大手多国籍企業は大手スーパーに責任があるとなすりつけている



ネスレはインターネットオークションで必要量を提示し、参加者に逆オークション形式で入札させている
・ロンドン市場よりも安い価格で必要量が確保可能
・自らの取引が成立後、ロンドンニューヨークに自社の取引成立価格に近い水準まで価格低下圧力をかけている


エピローグ
世界銀行は国際貿易量制限政策の消滅による被害状況をまとめた
・相場価格の歴史的低迷は、産業体制に影響をもたらし生産者は貧困に陥った
・生産過剰と相場価格低下は生産地の集中を招いた
・ブラジル、コロンビア、ベトナムは1992年の44%から66%になった
・アフリカ、中央アメリカ諸国の生産者は阻害されている
・焙煎業者側は安値で必要な分だけを適宜仕入れる事ができる
・焙煎業者は、生産技術の向上により、ベトナム産ロブスタ種のように質の悪い豆でインスタントコーヒーを生産する傾向が顕著になった


問題とは、かつて協定により生産者は安定して得ていた収入を、消費者は高品質の豆の供給を受けていた。しかし、今はむき出しの市場原理と、生産過剰を解消する能力の欠如により、相場が慢性的に下がっていることで、コーヒー生産に従事する者の多くの生活が破綻している事です。解決するべき課題は、生産者の生活が貧困から抜け出せるような手立ての確立と高品質な豆の安定供給という事ですね。次は、上記の絵図を頭の隅にいれたうえで、そこからなぜフェアトレード批判になるのかについて見ていこうと思います。一連のThe Economistの翻訳を考えるには、購買と啓蒙活動という2つの側面、フェアトレードラベルをつける事の意味、海外と日本のフェアトレードの理念の違い等、それぞれ切り分けて考える必要がありそうです。