なぜ『フェアトレード』なのか−その2−


このエントリーは、こちらの続きです。
 なぜ『フェアトレード』なのか


「本当の問題」を踏まえた上で、The Economistの記事を読むには、フェアトレードという多層的な面を持った概念全般に関して、読者も記事に書かれていない問題点についての知識も踏まえていないと正しく理解できません。例えば、「スターバックス VS エチオピア」を見て、この主張について検討するには、この問題に関する知識を得る必要があります。


・事のあらまし
 スターバックスに、エチオピア産コーヒー豆の「商標出願」妨害疑惑 - 米国
スターバックスCSR(企業の社会的責任)について広報しているページ
 Coffee CSR スターバックス
スターバックスCSRの事例のレポート記事
 CSR Archive Vol.2
・駐日エチオピア大使館のサイトからエチオピア政府の主張
 スターバックスは農民の年間歳入見積り額US8800万ドル(約100億円)を生み出しうる・特製品コーヒー名を商標登録するエチオピアの計画を妨害


まず、スターバックスのプログラムについては、広報ページからは「C.A.F.E.プラクティスを遵守するサプライヤーから優先的に買い付け」とだけあるので、C.A.F.E.調達の比率までは書いてないのは気になりますが、スターバックスで飲む分には生産者に、市場価格より23%多く支払っているコーヒーが飲めるようです。生活的にそれが妥当かどうかはともかく、CSRという言葉的には果たしているといってよいのではないでしょうか。それに対して、スターバックスエチオピアの商標登録の妨害の存在の真偽や、商標を取ることによるエチオピアの利益と、スターバックスの推薦する地域認証式の利益の効果と、どちらが有益か比較する材料を揃えるのは、かなり大変そうです。「本当の問題」の一部ではありますが局所的な印象を受けます。*1
フェアトレード論の中心的な問題は、倫理的な食べ物はかえって有害かもしれない。とその詳細版の、「買い物かごで投票?」 よりフェアトレードの部分を抜粋(原文:Voting with your trolley)という事になるのですが、これらの記事は全般の趣旨としては、フェアトレード有機食品、地産地消(food mile)、それ自体は性質の違う3つの消費者の選択をミックスして、非効率だと懸念を示す構成になっています。間違える人はいないと思いますが、フェアトレードとそれ以外の概念を混同しないようにそれらについて少し触れておきます。


有機食品
 Wikipedia - 有機農産物
 これは日本においても概念的にも根付いているので、その功罪については簡単に手に入りますね。
 
 
地産地消
 これを日本語の概念に当てはめて正しいのか分かりませんが、food mile(Wikipedia - フードマイレージ)として、日本でも最近ちらほら聞くようになった概念の妥当性への疑問ですね。これはこれで、この記事で指摘されたような「正しい指摘」に対する疑義もあったり(例えば http://www.diplo.jp/articles05/0501-3.html)して向こうでは論争になる話題のようです。*2


「本当の問題」には直接関係ないところを除いたので、フェアトレードに取り掛かれます。一連の翻訳記事に関連した、フェアトレードの構造の詳細を考えると、問題点の整理のし辛さに頭を抱えてしたのですが、大学で経済学を教えられている梶ピエール氏が、この記事の内容を分析されておられるのでそれを参考にしたいと思います。


世界のコーヒーの生産量はなぜ減らないのか。(@梶ピエールの備忘録。)
さらにしつこくフェアトレードについて語る(上)。(@梶ピエールの備忘録。)


こちらをふまえて、The Ecdonomistの言うフェアトレード批判の部分を見てみます。

 いる。まずは経済学者たちだ。フェアトレードに反対する標準的な経済学的議論はこんな具合だ。コーヒー豆のような商品の値段が低いのは作りすぎのせいだから、本来であればそれは生産者に対して、別の作物をつくるようにというシグナルを送るはずだ。でもフェアトレードの上乗せ価格――つまりは補助金――を支払うことで、このシグナルが送られなくなってしまうし、コーヒーに支払われる平均価格を引き上げることで、むしろもっと多くの生産者がコーヒーづくりを始めるようにうながしてしまう。すると、作りすぎがさらに進んで、フェアトレード以外のコーヒー豆の価格はもっと押し下げられてしまい、フェアトレード以外の農民はもっと貧乏になる。フェアトレードは、そもそもコーヒー豆の生産が過剰だという基本的な問題を考えていない、と『まっとうな経済学』(2005) の著者ティム・ハーフォードは述べる。フェアトレードは、かえって生産過剰をひどくしてしまう。

  FLO インターナショナルのブレットマン氏は反論している。実際問題として、農民たちは価格が低いときには他の作物に転作する費用がまかなえない、というのがその議論だ。フェアトレードで得られる上乗せ金があれば、他の作物に転換するための投資もできるじゃないか、と。でも価格保証があるのに、他の作物に転換しようという気はそもそも起こらないのでは?

前回コーヒー生産者の惨状を引用した「コーヒー、カカオ、コメ、綿花、コショウの暗黒物語」では、著者によるフェアトレード批判の章があります。その記載によると2003年、消費国でのフェアトレードコーヒーが1万9000t、コーヒー生産総量650万t、シェアにして0.3%とのことです。このシェアの伸びは35%と確かに伸び率は高いようですが、The Economistが指摘するように、この僅かな可能性に期待してシグナルを読み間違える可能性はあるのでしょうか?残り99.7%の人が高く買ってくれる天使の降臨を待ち望むようになるという筋書きでしょうか?「コーヒーに支払われる平均価格を引き上げることで」というのは、仮にフェアトレードシェアが10%になりそれが二倍で買われたとしたら、平均価格は約110%になるでしょうが、そこで参入の判断をする立場の人が、もしシェアが10%もあれば、それについてはフェアトレードによる上昇分だと言う計算を考慮に入れるでしょう。それだけのパワーを持った時には統計に注釈が付くでしょう。ましてや単にフェアトレード買い上げに夢を抱いて参入、増産、廃業を思いとどまるというのは考えにくいように思います。アフリカ等では今もコーヒーの産出量は増加し続けているそうですが、フェアトレードどころか国際取引市場価格すら知らない人たちが仲買人の言い値で買い取られてしまう構造の中で代替する選択肢がない事によるものだと考える方が説得力を感じます。フェアトレードが増産インセンティブを働かせるほど誤ったシグナルになるのは杞憂のように見えるのですが。フェアトレード対象者の転換のインセンティブについては、保証された価格の水準が満足いくものなら確かに起きないでしょう。ですが、基本的には1/4まで落ち込んだ収入が数割あがった所で本質的な解決でないのは確かでしょう。梶氏も指摘されるとおり、お金に余裕ができる事が離脱コストをまかなえる可能性につながり、離脱機会を高める点は確かでしょう。今後の需要予測や、フェアトレードの永続性のリスク等を勘案して離脱する可能性は生まれます。実がなるまで3〜5年かかる作物を、一概に離脱するのが正解と言い切れるのかも断言は出来ないでしょう(例えば http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20060421/101579/?P=2)。ましてや農産物の本質的な問題があります。梶氏の上のフェアトレードに関する記事に先立ってかかれたフェアトレードに関するエントリの記述を引きます。

 もともと農業は工業にくらべはるかに天候などに左右されやすい、リスクの大きな産業である。こういった農家のリスクは、伝統的には家父長的な地主の「温情」や、村落共同体の「助け合い」や、国家による価格統制などにより抑えられてきた。それらが有効だったのは恐らく、農産品の市場が局所的なものにとどまる限り、生産者の側のショックをある程度消費者価格に転化することが可能だったからである。しかし、コーヒーの例は、グローバル市場に完全に組み込まれた農産物の場合、その生産にかかわるリスクが、多くの場合途上国政府、ましてや零細な農家ではとても立ち向かえないほど深刻なものになることをよく示している。市場がグローバルなものになる以上、農業生産のリスクシェアの仕組みもまたグローバルなものにならなければ、途上国農村経済の安定的な発展は望めないだろう。


農産物の生産量の最適量を判断するという複雑な問題において、フェアトレードが誤ったシグナルを送ることを危惧するのは、かなり重箱の隅を突付くような指摘のように見えます。もちろんThe Economist誌の中には「市場がグローバルなものになる以上、農業生産のリスクシェアの仕組みもまたグローバルなものにならなければ、途上国農村経済の安定的な発展は望めないだろう。」事態への提言のような本質的な話をされている記事は存在するとは思います。ただ、この問題の大きさの絶対値たる比較対象がない中で、単品でこの記事だけを読んだ時に、一次産品の抱える本質的なリスクという背景の大きさと比較して、この記事でのフェアトレード(他の二問題にしてもですが)の描かれ方から連想される印象が、果たしてフェアな扱いなのか、ちょっと疑問に思いました。それはともかく、フェアトレードが持つ市場への悪影響のもっと本質的なものについて、梶氏が上のエントリの続きでなさっていて、そちらの方が重要そうなので、次を見ていこうと思います。ですが、長くなったので続きます。

*1:もしその先を追うならこの辺りの話についてでしょうか http://www.accidentalhedonist.com/index.php/2006/11/03/starbucks_ethiopia_and_the_national_coff

*2:関係ないですが、このライター氏が「昼ごはんに讃岐うどん食べにいくためだけに、自家用機にのって四国まで飛んで行く」なんて話を聞いたら、どう思われるんでしょうね。